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私、まだ楽しんでいたいのかもしれない

このままずっと今の状況が続くのはいやだ、と思っていて自分の現実を動かそうとしていたけれど

でも、動かした後の変化に心配や不満をもっていることも確かに感じる

今の状況が続くのはいやだ

なんとか対処しなければならない

それでも、自分が対処して、状況が変わったあとの生活に、もうすでに不満を持っている

対処したとしても、きっとこういう部分は納得できないよなっていう不満

対処したとしても、こういう部分は心配だ、こういうことにはならないといいけれど、っていう心配

どんな状況になったとしても、不満を持っている

不満をけそうとしている

排除しようとしている

一つでも気になることがないように

気に障ることが起きないように

起きてはいけないように

間違いがあってはならない

いいことだけしか起こってはならない

そういう立場でいるから、一つでもなにか気に障ることが出てくると、もうそれだけでだめになってしまう

そういう私の世界

他人に起きている出来事を分析して自分なりの解釈や考察をすることはできる

他人の様子にだったら、きっとこういうことなんだろうな、こういう意味でそうなっているんだろうな、という客観で冷静な判断ができる

でも自分になったらもう余裕がない

自分のことにかんしては落ち着いて解釈することができないでいる

どっぷり浸かって離れようとしない

それは、苦しむ気満々だからだろうか

最初から、幸せになるつもりなんてないのだ

苦しむつもりでいる

どこにいっても何がおきても不満でいることを選んでいる

意識してではなく、自分の中の無意識の世界で

反応で

自動で

自分に許可を与えようとはしていない

それでも、以前とは少し価値観が変わってきたことを感じる

前はあることに対して良と思っていたことが

今ではそういうのはいやだなと思うようになった

以前、美徳だと思っていたことが

今では、悪いものにすら思うようになった

わがままになった、とか傲慢になった、とかそういう話ではない

ただそう感じるようになったのだ

価値観の変化は、世界の変化

いろいろな経験をしていく過程そのもの

一貫した態度、思考、希望であることがいいと思っていた

でも、一貫した自分の先にあるものはなんなのだろう

一貫した自分は安定で安心するけれど

それってもう進まないということで、つまらないものではないのだろうか

子供のころから変わらずにいる自分

変わらない考え方や価値観

そしてこれからも続くもの

それって、ある意味、ある側面では停滞のようにも思う

外側の状況、人との関係、暮らし方、環境、状況は次々にうつりかわっていっているのに

自分は変わらずにいようとするなんて、難しいだろう

自然に変わらないままならそれでいい

でも、あえて変わろうとすることを拒んだり恐れたり、それを悪と思うのは、なにかちがう

変わっていく自分をとめようとすること

それが停滞になってしまう

汚い自分になっていくことを歯止したいと思う

そんな自分にはなりたくない、なろうとしているのを、あるいはもうそうなってしまったことを嘆こうとしている

醜くなりたくない

悪くなってはいけない

そして苦しんだ

でも本当は、そういうのは違うのだということ

もうそういう一般的な話ではないのだということ

そうじゃないんだよ

もっと淡々と見ろ

自分で思っているよりも淡々と見ろ

淡々として解釈しろ

そういう態度で物事を見たときに得られた感覚、得られた考察、結論が、重要なのだ

普段行っている自分よがり、人間よがりの結論はそんなに大したものではないのだ

それを自覚しろ

それを自覚して、吟味しろ

そういう方法をこれからとっていくんだと思う

そうじゃなければ、もう、進まない

年が経って経験を積み重ねても大した知恵になってはいかない

もっと、智慧だ

智慧を感じようと思った